ニュー・ミュージック私論

こないだのエントリー以来ニュー・ミュージックとはなんだったのかと電車の中で考えてみましたが、ものすごくざっくり定義すると、売れ筋を目的としたロックっぽいリズムを使ったポップス、としたいですな。
ヒップホップでいうところのセル・アウト系。
本人がどう思ってたかとか関係なく。

で、かつてニュー・ミュージックと呼ばれたシンガー達を勝手に3タイプにわけてみました。

フォーク色が強いタイプ:
松山千春
中島みゆき
さだまさし
アリス
イルカ
長渕剛

入り口が60年代のニッポンのフォークソングでしたというタイプ。
制作サイドからいくと、瀬尾一三あたりがプロデュースしたというイメージが強いですな。
個人的にはほとんど聴いてなかった。

洋楽ポップス色が強いタイプ:
山下達郎
松任谷由実
オフコース

フォークをまったく通過しなかったイメージ。
アメリカン・ポップス全般の影響が強いと思いますが、オフコースはビミョーかもしれん(特に初期)。
あと浜田省吾あたりも入るのかね。

フォークからの転向組:
吉田拓郎
井上陽水
かぐや姫

ボブ・ディランがエレクトリックに転向したようなイメージ。
個人的にはほとんど聴いてなかった。

ニュー・ミュージックのシンガー達に共通するのはスタイルとしてのニュー・ミュージックをやってたという意識がまったくなかったというところでしょうか。
このあたりは日本で勝手に名付けられた70年代初頭における黒人音楽のムーヴメント「ニュー・ソウル」と似ているでしょう。

で、先日ユーミンの「あの日にかえりたい」がニュー・ミュージックの第一号と書きましたが、それまでのフォークからの延長ではなくて、もっと旬に近いアメリカン・ポップスの影響が強く、アレンジも当時流行のマッスル・ショールズやハイ・リズム、あるいはMFSBといったスタジオ・ミュージシャンの影響強い職人集団があたったあたりがまさに「新しい音楽」というイメージですな。
また、ユーミン自らが自分の音楽はハイブラウな歌詞、そして従来のポップスと一線を画すサウンドであるということでニュー・ミュージックと命名し、従来の日本のフォークを「四畳半フォーク」と勝手にカテゴライズしたという説もあるんで、とりあえずニュー・ミュージックというカテゴライズのオリジナル・シンガーは荒井由実である、と認識しております。
そういやダンナがいたバンドの名前はフォー・ジョー・ハーフ(四畳半)じゃなかったか?

個人的には演歌、アイドル歌手以外の歌手はみんなニュー・ミュージックだったような認識だったような記憶があり、78年ぐらいに人気だったゴダイゴ、ツイスト、サザンオールスターズもニュー・ミュージックの範疇に入れられてた時期もあったように思いますが、そこから突き抜けていったのはサザンのみ。
そして爆風スランプ、米米クラブ、レベッカといった当時の新世代バンドが続々とデビューした85年あたりにはニュー・ミュージックという言葉は完全に消滅しましたが、同年ヒットした安全地帯はニュー・ミュージックかなと認識しております。

で、84年ごろだったかな、このあたりからニッポンのロックの再検証みたいな流れが始まって、ニッポンのロック人名辞典みたいなのが宝島からでてましたが、その中でニュー・ミュージック勢はいっさい触れられておらず、他の音楽誌も同様で、いわゆるニッポンのロックの歴史の中にはニュー・ミュージックはなかったような扱われかたをしてるのはそれはそれでちょっとどうかなという気はいたしました。
90年代に入って音楽誌内でもニュー・ミュージック再評価の気運が高まったような時期もありましたが、なんとなく尻すぼみ。
邦楽ジャンルはJ-POPという言葉にすべて統合され、そのまんま現在に至っておりますな。
J-POPというカテゴライズはニュー・ミュージックの要素を多分に含んでおり、例えば90年代に一世を風靡したB'z、ZARDといったビーイング系バンドとか、21世紀になると宇多田ヒカルあたりのシンガー=ソングライターなんかの「ニッポンのロックの本流」の流れに入らないシンガーということになるのかな。

そうなると、じゃあ「ニッポンのロック」とはなにか、ということにもなりますが、今このエントリーにまとまりがまったくないのにニッポンのロックまでいれるとワケがわからなくなくのでまた今度。

00:01:00 on 02/02/10 by yoshiki - Music

Comments

Sugar Pie Guy wrote:

ニューミュージック(以降NM)について調べ考えてみた。

その成立の定義については
「反体制的ではないシンガー・ソング・ライター」
じゃないかと思う。

60年代フォークが反体制的な臭いを帯びていたのが、70年代の「しらけ」の時代になるとそうした思想性が時代遅れになってきた。
反体制という衣を脱げば、サウンドも耳に優しい小しゃれたものになっていく。
結果、フォークがポップスになっていく。

どこまでいってもニューミュージックが歌謡曲とは異なったのはシンガー・ソング・ライター(グループでも)という点。仮に作曲者が別でもプロの歌謡曲ライターではない。

それが80年代に近くなると、元のフォークという部分は相当音楽を聞いた人じゃないと聞き分けられなくなる。
ちょうどその時期に、ロックの日本語化が完成。
日本語ロックもNMに括られてしまった。

最終的にはNMは引き算のジャンルになったと思う。
特に音楽にこだわりのない人が「君、どんな音楽が好き?」と尋ねられ、歌謡曲じゃないし、ヘビメタじゃないしと引いていき「僕はNMが好きですね」と答えるのに便利。
だから、「僕はNMシンガーです」「我々はNMのグループです」と自己宣言するミュージシャンは殆ど出なかった。

02/02/10 14:37:06

Sugar Pie Guy wrote:

追記:wikiで「ニュー・ミュージック」を引くと参考になるよ
※なぜかここにリンク貼るとコメント書けない。「スパムテストの結果、拒否されました」って表示が出る

02/02/10 14:38:37

yoshiki wrote:

なるほどこの当時の風俗というのも関連してそうですね。
「シラケ」の時代にはまだなんにもわからん子供だったので参考になります。

80年に入って、松田聖子がユーミンや財津和夫あたりのニュー・ミュージック的な楽曲を歌い出したあたりから時代遅れになりつつあったのかな。
この瞬間、歌謡曲というでかい風呂敷にニュー・ミュージックが取込まれたという見方もできるような。

で、個人的にニッポンのポップスの歴史は85年に大きく転換したと思います。
大きな要因は低価格シンセの登場で、それまでのスタジオ・ミュージシャンを使った録音ではなく、コンピューターでニュー・ミュージック風のアレンジがちゃちゃっとお安くできるようになったせいで二流どころのアイドルの楽曲までも劇的に変化しました。
これは従来の歌謡曲のありかたまでを覆すような出来事で、90年にはいってニッポンのポップスが「J-POP」という名前に(たしかレコード会社主導で)変わるまでの85~89年まではその過渡期だったような気もします。

あと、ユーミンのベスト・アルバム「Neue Musik」はニュー・ミュージックのドイツ語ちうことで、彼女なりの想いみたいなもんもあったんでしょうか。

02/03/10 01:03:37

Sugar Pie Guy wrote:

「ニュー」を名前に冠するというのは昔からよくある話。

ニュー・ウェイブ=ヌーヴェルヴァーグ=ボッサ・ノーヴァ=新潮

02/11/10 17:01:55

yoshiki wrote:

名前に「ニュー」がつくとそのブームが終わった後の陳腐化が著しかったり、その場しのぎ感が出る気がします。

ニュー・ウェイヴもあっという間に古くなったし。
たしかレッド・ツェッペリンが結成直後に「レッド・ツェッペリンじゃ客が入らないから。」とか言われてニュー・ヤードバーズちう名前でドサまわりしてたとかそんなかんじですか。

02/11/10 20:02:24

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